第16回 初心者のためのエラリー・クイーン講座 第1回

EQFC会誌QUEENDOMの67号(2003年2月発行)より転載。ただし、7年前の原稿なので、かなり修正しています。そして、イラストもカラーに!もともとは会誌がマニアックになってきたので始めた企画なので、EQFC会員以外の方にも楽しめるはずです。次回もお楽しみに。


初心者のためのエラリー・クイーン講座 第1回  文:森脇晃 イラスト:岸崎かおり

前口上

 最近は、まあミステリブームというのですか、小説の中ではミステリが一番よう売れるのやそうですな。毎月の新刊の話題作には必ず何冊かのミステリが入っとりますし、古い作品の復刊や再評価もされております。面白い作品を書かれる作家さんもぎょうさんいたはる。年間のベストテンみたいなものもあちこちで作られる。ベストテンが発表されると、本屋さんはそれを広告にして売る、お客さんもそれを見て買う、読んだ人はベストを選びたくなる、というので出版不況といわれる中でも良い循環ができとるらしいのです。私が子供のころとはえらい違いだす。今の若い人は、推理小説を読むということについては、恵まれておる、いや恵まれすぎて、何を読んだらよいのやら、よう分からぬようになっておるのやないかいな、ちゅう気もします。
 この場で、こんな話などをしてみようかとなりましたのも、そういう次第でありまして、エラリイ・クイーンのことを、あまり知らん方も知ってもらえるようになったらええなあ、という思いからです。下心はありまへん。
ファンクラブに入会するような人が初心者のはずがないとおっしゃるかもしれません。が、コミケにて「クイーンを読もうと思うのですが、何がオススメですか」と尋ねられることがあると聞きますし、作家もしくは探偵としてのエラリイ・クイーンを知りとうて入会してくる方もいらっしゃるのではないかと思うのです。
 また、あらふぉーからもうちいと世に長けた世代では、クイーン(やカーやクリスティ)の後に、有栖川有栖や綾辻行人や北村薫が来たものですが、若い人にとっては逆のパターンもありうるわけで、むしろその方が多いのではないやろかと思うのですが、そういった方たちにとっては、意外にエラリイ・クイーンの紹介をする記事が巷にも少ないかもしれまへん。
というわけで、誰でも知っておられるようなところか始めて、何やかやとにぎやかにやっていこうと思いますが、はてさてどうなりますことやら。

第1章 エラリイ・クイーンとは何者か。

「ご隠居はん、ご隠居はん」

「何や朝っぱらからにぎやかなやつがきよったなあ、誰や!?」

「わてだす、ちょっと入らしてもらいます。ところでご隠居はん、推理小説が好きやと言われていましたけれど、エラリイ・クイーンってご存知だっか?」

「おや、珍しい。何年ぶりに聞くかのう、その名前。あんた、ええところに目をつけなはった。ちょっとこっちへお入り。一体どうしたのじゃ、何で急にそんなことを訊きなさる」

「へい、日本のミステリ界の名匠、巨匠、鬼才と呼ばれる人たちの作品を読んでおりましたら、皆さん方エラリイ・クイーンは好きやのすごいやの評判ですによって、ここはひとつ読んだろうかなと」

「ほほう、良い心がけじゃ。ところでちょっと訊かせてもらうが、その名匠、巨匠、鬼才とは誰のこっちゃ」

「へい、有栖川有栖、綾辻行人、北村薫、山口雅也・・・」

「ほう、その方たちがもうそんな風に呼ばれるようになりなはったんか。月日のたつのは早いものじゃが、それで、クイーンについてはどこまでご存知じゃな」

「はあ、その昔読みにくうて長ごうて退屈なミステリを書いた古臭い作家と」

「おまえわざと言うとるな。さっきの誰がそないなこと言うとるかいな。まあよろし。教えてしんぜよう。エラリイ・クイーンとはアメリカの探偵作家の名前であり、その作家が書いたミステリの主人公である探偵の名前のことじゃ」

「あっ、法月綸太郎そっくりでんな」

「おお、いきなりそうくるか。そやけどその話は、もちょいと後じゃ。作家名「エラリイ・クイーン」はペンネームで、その正体はフレデリック・ダネイ(ユダヤ名ダニエル・ネイサン1905〜1982)とマンフレッド・リー(ユダヤ名マンフォード・レポフスキー1905〜1971)という二人の男性じゃ。合作して本を書く時にこの筆名を用い、登場する探偵にも同じ名前つけた、ちゅうわけじゃの」

「今度は岡嶋二人にそっくりでんな」

「そこまで知っといて何で聞くかな。黙っとり。彼らは同い年のいとこ同士での、小さい頃から仲が良かったのじゃと」

「ほんまでっか、わたしも隣町に一つ年上のいとこがおりますけどな、よう泣かされましたで」

「まあ、本当のところはようわからん、けんかもしたろうな。せやが、肉親というのはやはりどこか違うものではないかの、ユダヤ人であるといのも二人の絆になったかも知れぬ。処女作は、後に大恐慌の年として記憶される1929年、二人が24歳の年に刊行された『ローマ帽子の謎(秘密)』で、探偵エラリイ・クイーンもデビューしたのじゃ。日本でいうたら昭和4年、ずいぶん古い感じがするの。
まあ、これは余談じゃが、同じ年の日本では夢野久作『押絵の奇蹟』や江戸川乱歩『押絵と旅する男』などが書かれておる。ついでに言うなら、江戸川乱歩は1894年生まれでデビュー(『二銭銅貨』)が23年、横溝正史は1902生まれでデビュー(『恐ろしき四月馬鹿』)が21年となる。『日本ミステリーの100年』山前譲(光文社知恵の森文庫:2001年刊)ちゅう便利な本があって、ちょっとカンニングじゃ。まあ、乱歩はちょっと年上になるが、おおむね同世代、乱歩と正史のほうが、作家として先輩という感じであるかな。こら、人に話を頼んどいて寝たらいかん」

「いたた。なにもはつらんかて」

「さて、この『ローマ帽子の謎(秘密)』から始まって、作者の一人であるマンフレッド・リーが亡くなる1971年出版された『心地よく秘密めいた場所』まで、39の長編と6つのオリジナル短編集が出版された。ただし、すべてに探偵エラリイ・クイーンが登場するわけではないし、すべてが二人の合作かというと微妙なところもある。それについてはおいおい話すことにする」

「ははあ、江戸川乱歩みたいでんなあ」

「おまえさん詳しすぎるで。ほんでもってじゃな、デビュー後のエラリイ・クイーンは、単なる作家にとどまらず、評論家、アンソロジスト、稀覯本の収集者、そして雑誌の編集者として新人の育成や古典の再評価と、八面六臂の大活躍で、やがては「アメリカの探偵小説そのもの」と呼ばれるようになるのじゃ。さっきあんたが言うたように乱歩に似とらんこともないな、実作と評論そして雑誌の編集を行い、後の世のミステリ界に大きな影響を与えたという点で、」

「ほんで、そのエラリイ・クイーンはどこで手に入ります?」

「さっき言うた長編と短編集は、創元推理文庫とハヤカワ・ミステリ文庫を合わせたら全部読める。どちらか一方だけでというわけにはいかんのやが、二つの出版社に渡るとしても、既に亡くなっている作家で、基本的に全ての作品が翻訳され、そのほとんどを新刊書店で容易に入手できるちゅうのはすごいことやで、ほんまに。破格の扱いや。わしも詳しいわけではないが、そんな作家はほとんどおらん。少なくともミステリ作家の中では、アガサ・クリスティくらいや。クリスティはふだんミステリを読まへん人でも知っておる有名な作家や。ちゅうことは、エラリイ・クイーンはアガサ・クリスティと同じくらいに、今でも読まれておる重要な作家やということや。ほんでおまはん」

「は、なんだす?」

「終電は気にせんでもよいのんか」


次回は「その2 エラリイ・クイーンはどんなミステリを書いたのか」です。


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