第17回 初心者のためのエラリー・クイーン講座 第2回

連載第二回。EQFC会誌QUEENDOMの68号(2003年6月発行)より転載。前回はそれほどクイーン・ファンでもない方も楽しめたと思います。次回もお楽しみに。


初心者のためのエラリー・クイーン講座 第2回  文:森脇晃 イラスト:岸崎かおり

第2章 エラリイ・クイーンはどんなミステリを書いたのか。

「前にも言うたように、作家エラリイ・クイーンは1929年『ローマ帽子の謎(秘密)』でデビューする。この作品は懸賞小説に応募したもので、受賞作とはならんかったが出版されることになったのじゃ」

「なんとなく鮎川哲也を彷彿とさせますなあ」

「・・・もう無理にこじつけんでもよろしい。ほんまは受賞したちゅう内定の連絡が本人にあったらしいのやが、出版社の都合で急遽イザベル・マイヤーズの『殺人者はまだ来ない』ちゅう作品が受賞作になった。この作品は山村美紗訳で雑誌『EQ』に連載された後、カッパノベルズや光文社文庫に収録されたが今は絶版になっておる。ただ、光文社電子書店のホームページから有償でテキストをダウンロードできるようじゃ。付け加えておくと、わしは見たことがないが、この作品はさらに昔『トレント殺害事件』とか『漂石荘殺人事件』とかいったいろんな題名で単行本になっておるので、間違えてあわてて高いお金をつぎ込んではいかんぞ」

「なんか、エラリイ・クイーンより面白そうでんな」

「それは、人の好き好きじゃろうて。ここは、エラリイ・クイーンの紹介をする場であるから粛々といくぞ。さて、『ローマ帽子の謎(秘密)』では作家エラリイ・クイーンと生涯をともにする探偵エラリイ・クイーンも登場する。年齢ははっきりとは書かれていないが二十代の印象じゃな。エラリイのてておやがリチャードちゅうてな、ニューヨーク市警の警視さんや。探偵が事件に介入する理由付けを父親とともに行動するということで解決したわけやな。基本的にはこの二人がコンビで活躍する。それから、気の毒なことやがお母さんは不在でな、エラリイは後に誰かと結婚したらしいのやが、この段階では恋人もおらへん」

「ほしたら、わたしがその役を・・・」

「気色の悪いことすな。ほてから、ここではそれだけは言うたらあかん。てちわめかれるで。ええと、話を元に戻して、この作品には一つ大きな特徴がある。それはな話の途中に「読者への挑戦」がはさまっておるのじゃ」

「おおっ、それは『金田一少年の事件簿』や『名探偵コナン』とかの」

「たのむ、もう言わんといてくれ。せやが、まあ早い話はそういうこっちゃ。物語の85%あたりで「読者は、この段階でこの犯罪を論理的に解決するために必要な事実を全て入手されている。したがって、重要な手掛かりを抜き出して合理的に構成し、唯一可能は犯人を推定してください。あてずっぽうはいけませんよ」という旨の語りかけが挿入される。これが「読者への挑戦」じゃ。念のために言うておくが「読者への挑戦」は、クイーンオリジナルというわけやない。以前から、探偵小説は、作者と読者の知恵比べであると言われておったので、フェアプレイが重視され「読者への挑戦」を含む作品もあった。せやが、クイーンはこれを一番効果的に使こうたんや。どう効果的に使こうたかというと、単に犯人を当てるだけでは勝ったとは言えへん。エラリイと同じように与えられた手掛かりから論理的に推理してみなはれと、こうやったんや。ええか、よう聴けよ、これはこういう意味やねんで。それまでの探偵小説は、意外な犯人というところがポイントやったんや。今でもそういう作品を書くのが大勢おる。せやけどクイーンはあたりまえの人物、指摘されて当然の人物が犯人ですよ、ちゅうたんや。わかるか、これが。この瞬間に探偵小説の世界に新しい波が訪れたんやで。近代から現代に歴史の歯車が回ったんや。聞こえるかその音が」

「ご、ご隠居はん」

「ところがや、名探偵気取りの読者も、その当たり前の犯人が指摘できへんのんや。そらそうや、ほんまに犯人がわかってしもたら、誰あれも二度とクイーンの作品なんか買わへんやろ。当たらんように書いてあるんや。何で当たらんかというと、エラリイの論理的推理が特別やったんや、ちゅうかな、この論理的推理こそがクイーンの作品のポイントやねん。犯人なんかどうでもええねん」

「ご隠居はん、大丈夫だっか。わてはこっちだす、ご隠居はん」

「はあはあはあ。ああ、すまんこっちゃった。つい興奮してもうた。まだまだ修行が足らんのう。まあ、そういうわけで、エラリイ・クイーンといえば読者への挑戦、読者への挑戦といえばエラリイ・クイーンというくらいになったのやが、実を言うと『ローマ帽子の謎(秘密)』は、残念ながらあんまり面白うはない。シリーズ物は一作目からちゅうのが鉄則やが、「クイーンは初めてなのですが、何から読んだら良いでしょうか?」という方に薦めるのには躊躇する。本ファンクラブの会員によるランキングでも39長編中14位でしかないからの。これよりも面白い作品が13作もあるのに、これを読めというのもな」

「ほしたら何がお薦めでんねん。よう考えたら、それを訊きに来たんやった」

「そうや、それはようわかっとる。ここまでしゃべって、やっと1冊紹介しただけじゃ。ここからが本番なのやが、ちょいと疲れた。次にしとくれんか」

「え、ここで引きですか、難儀やな。何ヶ月も待ったのに、いつになったら終わるんですか。ほんまに初心者向けなんやろか、これ」


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