第4回 ゴジラ対エラリイ・クイーン
【解説】「正月はやっぱりゴジラだよね」というわけで、会誌11号から再録。ただし、作者に注を入れてもらいました。ところで皆さん、クイーンの「真鍮の家」にゴジラの名前が出てくるのは憶えていますか?
なお、会誌に載った他のSF風パロディには、「クイーン版スター・ウォーズ」や「クイーン版戦隊シリーズ」や、「クイーン版ナイトライダー」などがあります。「宇宙巡査部長ヴェリー」という幻の作品もありましたっけ。こういうお遊び作品が載るのも、EQFC会誌の魅力なのです。
ゴジラ対エラリイ・クイーン
By 田中正之
男は全身打撲でぼろくずのようになって死んでいた。人気の少ない川に面した裏通りだった。アスファルトの上に投げ出された男の右手は、何かを指差すような形に曲げられ、乾いた血に覆われた人差し指は、路上の血文字を示していた。
GODZILLA
「また、ダイイングメッセージか」クイーン警視は顔をしかめた。「いい加減にしてくれ。それにしても……」
「何です?」ヴェリー部長刑事が訊ねた。
「ゴジラって何だ?」
唖然としたようにヴェリーは警視を見つめ、警視は心持ち顔を赤くした。エラリイは笑いを堪えながら言った。「ゴジラというのは日本の映画に出てくる怪獣の名前ですよ」
「怪獣だと?」
「そうですよ」したり顔でヴェリーは言った。「面白いですよ、あれは」
「そうか、そうか、つまり映画から怪獣が抜け出して、こいつを蹴り殺したと言うんだな。冗談じゃない!」
「まあ、落着いて下さいよ、お父さん」
エラリイはなだめた。
数時間後、ひとまず捜査を終えて帰宅した警視はエラリイと話していた。
「被害者の名前はレイモンド・バー。殺されたのは夜中の三時頃らしい。深夜のことで目撃者は無いようだ。だが、とにかく容疑者は三人上がった。誰もアリバイが無い。ハーバート・ゴールディング(Herbert
Golding)、ローランド・ジンマーマン(Roland
Zimmerman)、それからラリィ・モンゴメリー(Larry
Montgomery)、三人とも被害者の仲間だ」
「何の仲間です?」
「日本怪獣映画愛好クラブ」警視はまだ不機嫌だった。「どういう阿呆だ」
「ははぁ、なるほど。それでゴジラか。でも容疑者というのはどうしてです?
仲間なんでしょう?」
「クラブは潰れたんだ。一週間前に」
「どうして」
「仲違いだ。つまり被害者を含めた四人の連中が各々にひいきの怪獣がいたらしい。それで、どの怪獣が一番かと争っているうちに、とうとう、四人が四人とも頭に来ちまったというわけさ」そしてぶつぶつ呟いた。「なんて馬鹿どもだ」
「マニアというのは、そんなもんですよ。そうか、そうすると、その四人のうちゴジラびいきの男が犯人というわけかな?」
警視は意地悪気に笑った。「バーがゴジラびいきだったんだ」
エラリイはうなった。「他のメンバーはどうなんです?」警視はメモを放ってよこした。「ゴールディングがラドン、ジンマーマンがモスラ、モンゴメリーはキングコング。あれっ、キングコング?」
「日本には「キングコング対ゴジラ」という映画もあるそうだぞ」警視は溜息をついた。
「今度はクイーン対ゴジラというわけだ。何か判らんか、おい?」
エラリイは考え込んだ。「誰かゴジラに直接つながる者はいないんですね?」
「まあ、あんな趣味を持っている以上、三人ともつながると言えばつながる。だが一番つながりの深いのは何といっても死人だ。そうすると自殺したということになるのかな?」
エラリイは相手にしなかった。「そうなるとゴジラという言葉では三人の誰も特定できないことになります。だから、ゴジラという言葉自体には何の意味も無いんでしょう」
「どういうことだ?」
「例えばですね、ゴールディングがバーを殺したとします。ダイイングメッセージは普通人の名前を書くもんです。バーはGOLDINGと書こうとしたが途中で息絶えた。GOだけで」
「そうか!奴さんそれに気づいて、ごまかすためにGODZILLAとつづけたのか! よし、とっつかまえて……」
「待って下さい、お父さん。他にも可能性がありますよ」
「何だ?」
「ジンマーマンを考えてみて下さい。ZIではじまります。これにGODとLLAでゴジラです」
警視は苛々したように言った。「それで?」
「今度はモンゴメリーです。彼の名はラリィ、LAです。GODZIL−LAですよ」
「それじゃあ結局判らない」力が抜けたように警視は椅子にへたりこんだ。
「そうなんですよ。ただちょっと……あっそうか!」
警視はとび上がった。「おい、おどかすな」
「判りましたよ、お父さん。もし、ゴールディングの書きかけとしてGOが残っていたのなら、ゴジラなんて漠然とした偽装よりうまい手があるんです。MONTとMERYをくっつければ、それでモンゴメリーです。それにLARRYのLAはROとNDを加えてROLANDとやればジンマーマンを指せるんです。ところがジンマーマンのZIではそういうごまかしができない。他の二人にはそれに相当する部分が無いんです!」
「それじゃあ犯人は……」
「ローランド・ジンマーマンです!」そしてエラリイはつけ加えた。「それに、今、思い出したんですが、ゴジラを倒した怪獣はモスラしかいないんです。ラドンもキングコングも引き分けだった」
事件を解決した後の静かな満足感が二人を包んでいた。その時電話が鳴った。意気揚々として警視は電話を取った。「もしもし。ああ、プラウティー、レイモンド・バー? うん、今、せがれが解決した所さ。何?死体からストロンチウム九十が検出されたって? 何だそりゃ」
「放射能ですよ」エラリイの声は震えていた。「ゴジラの」
その時、西八七丁目の路面が割れ、地響きと共に地中から巨大な怪獣が、突然その姿を現した。ひとつ大きく身体をゆすると、舞い上がった土煙の中で、ゴジラはマンハッタンを震わせて咆哮した。
<完>
(注)ゴジラは1968年の「怪獣総進撃」でニューヨークを襲撃しています。エラリイさんもゴジラに遭遇していたかもしれません。
なお、本篇は、1984年に「ゴジラ」が製作され、ゴジラ・ブームとなっていた時に触発されて書いたもので、文中の記述は、その時点までに公開されていたゴジラ映画に拠っています。「ゴジラVSビオランテ」(1989年)以降のゴジラ映画とは整合しない記述があるかもしれませんが、ご了承下さい。
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